こどもができないことを両親に話した結果

こんにちは、ゆきふるです。

私が初めて不妊外来に行ったとき、

まだ誰にもそのことは話しませんでした。

治療することにはなるかもしれないけど、

まさか自分が子どもをもてないなんて考えてもいなかったからです。

もちろん、それは私たち夫婦の両親も同じでした。

結婚して2年、私の母からはこどもについて考えているのかを

聞かれるようになりました。

不妊治療をするにあたって、私たち夫婦が両親に話したのは2度だけです。

治療を始めるときと終わりにしたときです。

 

今回は不妊治療について、また、こどもを諦めたことについて

「どんなふうに伝えたか」

「どんな反応だったか」など

両親に説明をしたときのことを書いてみます。

もし、両親に話したいけれど、どう伝えればいいかわからないという方は

こんなふうな人もいるんだと参考にしてみてください。

では、どうぞ。

できると思っていたからあっさり言えたあの日

私は両親に不妊治療をすることをサラッと伝えることができました。

それは自分の中でここからが始まりで、いつかはゴールがくると

そのときは信じていたから。

ここからは回想してみます。

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「まぁ不妊治療したらできるだろう」

本当に無知な私はそう思っていた。

わたしの周りには不妊治療をした人も

こどもがいない夫婦もいなかったので、

健康体な夫婦なら治療すればできるものだと思っていた。

母に久しぶりに会った日、二人で定食屋さんでランチをした。

母は好きな五色蕎麦を、わたしは串焼き定食だった。

箸を口に運びながら、母は姉のこどもの話を嬉しそうにしていた。

「あんたはまだなんかね?」

話の終わりに付け足したように母が私に質問する。

結婚して2年、この質問が増えてきた。

わたしは今日話そうと思っていたからさらりと答えた。

「あー、なんか不妊専門病院行ったらね、」

母の目がじっと私を見ていた。

「治療しないとできんって言われたんよ。」

本当にわたしはこれが悲しい報告でもなんでもないと思っていたから

母の気持ちを慮ることをまったくしなかった。

それは少し後悔した。

母の顔色がサッと変わった。

私たち夫婦がこどもができないとまだ断言されたわけでもないのに

母はあきらかに戸惑っていた。

わたしはそれに戸惑った。

わたしは「母世代ではこどもはできないことはもっと一大事だったんだろうな」と

思い、母に「治療したらできるんだから」と説明した。

もしかしたら、母のほうが一瞬で考えたんだろう。

治療費のこと、仕事との両立、私が肩身が狭い思いをしないだろうか…など。

そして、もしかしたらこどもは授からないんじゃないかと。

能天気なわたしはそのときはそこまで考えていなかったから、

母を元気づけながら串焼きをほうばった。

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治療を辞めた報告

こどもを諦めたことを伝えたとき、私は一人で実家を訪ねました。

以前から、その日に実家に行く予定があったんです。

私たち夫婦はその1週間前に不妊治療を辞める決断をしていました。

 

顔を合わせると「体はどうなん?」と母は聞いてくるだろうから、

そのときに話を切り出そうと思っていた。

このときのほうが心は重く、緊張した。

私はあくまでサラリと伝えた。

「もう治療は辞めたんよ。夫婦二人で生きていこうと思って。」

「え…、〇〇くん(夫の名前)もそれでいいって?」

「うん。」

「そうかぁ。二人が決めたならそれでがええわ。」

「がんばったなぁ。」

張りつめていたものがピンと切れた。

「…うん。」

父も母もそれ以上何も聞かなかった。

私が悲しむところを見るのは辛いだろうから、

泣かないでおこうと決めていた。

私ももう年のいった父と母が悲しむところは見たくはない。

私はかろうじて泣かなかったけど、

鏡を見ると目が真っ赤で今にも泣きそうだった。

でも伝えてスッキリした。なにかひとつ仕事を片付けた気分。

こうやって前を向いていくんだと思った。

 

私たち夫婦が決めたことだから、

もちろん両親が何か言ってくることはありませんでした。

私はその頃、

「かわいそう」とか「気の毒だ」って思われるのが

すごく嫌だと思っていた時期でした。

今は何にも思わないんです。

「気の毒ね」と言われたこともありますが、

愛想笑いで聞き流して気に留めないようになりました。

当時は自分が自分のことを「かわいそう」だと思っていたんでしょうね。

そういった言葉をかけられるとすごく傷ついたんです。

でも、この時、両親は何も言わなかった。

ただ「がんばったなぁ」と言ってくれた。

それが私はすごく嬉しかったです。

心が安定しているときに伝えたほうがいい

私が治療を辞めた1週間後は、心がまだ不安定だったと思います。

今思い返しても、不思議なくらい涙もろく神経も過敏でした。

 

私がこうやってブログを書こうと思うようになったのも

実は2年くらいかかりました。

 

心が繊細な時期は、人の言葉がグサグサと刺さることがあります。

悪気ない言葉でも、自分に当てた言葉でなくても。

心がもろくなっていて普段なら聞き流せることでも

腹が立ったり悲しくなったり。

だから、もし人に話すときは自分の心にきいてみてください。

「今なら大丈夫?」って。

少しでもあなたの心に負担がないようにしてほしいです。

応援しています。

おしまい